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仕事

質問することに臆病になる

どうやら、いつのまにか自分の質問力は相当低下していたみたい。

というのも、なんだか久しぶりにユーザーとやりとりする必要性がありそうな仕事をやってるのですが、どうもユーザーに対して質問をしなくなっている自分に気づいた。

ソフトの仕様決めってのは、最初わからないことだらけで、直接お客さんに話を聞いたり、もらった資料や議事録を元に、聞いた話や資料がどういう意味かを理解してから、細かいことを決めて行かなくてはいけない。

当然、ユーザーはシステムのプロではないし、意思伝達のプロでもないし、こちらの知識不足もあるので、もらった資料や聞いた話がよくわからないという事は多発する。
そういう場合は、事情を知っている人、つまりユーザー先に訪問してヒヤリングしている人や、直接ユーザーに聞くしかない。

しかし、どうも最近の自分は無意識のうちにユーザーに質問することを避けているような気がしている。
なんでかとその時の状況を思い出してみると、こんな細かいこと聞くとバカだと思われやしないか?、こんな当たり前の質問をしたら迷惑ではないか?と考えている自分がいるわけなんですね。

まぁ、本当にその資料を見て10人中10人が誤解なく理解できる事を聞くのは、迷惑な話かもしれませんが、そういう考えが拡大されてしまって聞かなくてはいけないことも聞くのを躊躇してしまっているような気がするので、これはいかんなーと思ったわけです。

ソフトの開発ってのは、本当に細かいことまでルールを決めていかないといけません。いろんな場合や問題を想定して作っていかないと、何か予想外の事が一回起きただけでシステムが破壊されることもあるからです。

だから、ソフトを作る人間にとって、理解できない部分、不明な部分、あいまいな部分というのはできれば一つも残したくないし、残っていると不安に感じたり、ストレスになったりします。だからこそ、曖昧な部分というのをクリアにするためにも、勇気をもって質問しなくてはいけないのですが、最近はそれよりも質問することへの躊躇の方が強くなっていたのかもしれません。

そもそも質問するのに勇気は必要ないのです。
良いシステムを作るために質問をするのですから、自分には質問する権利があるぐらいに、心の中では思っておいた方がいいのかもしれません(態度にでたらまずいけど)。

なんか、開発を始めたばかりの頃の方が、よっぽどそのことをよくわかっていたし、よく質問をしていた気がします。
その時はプログラムはまだやってなくて、ソフトのサポートや、仕様ぎめしかやってませんでしたので、今よりリソースは使えていたというのもあるのですが、お客さんに「質問攻めにあって大変だ!」と言われたこともあるぐらい質問していました(笑)。
でも、その後に本当にいろいろ考えてくれて助かるということを言われて、結果、迷惑がられるどころから喜ばれたぐらいでした。
しかも、できあがったシステムは仕様のズレもなく、特に大きな問題もなく何年も稼働しています。
何度となく質問を交わしお客さんと一緒に作ったシステムというのは、やっぱりちゃんとしたシステムになるもんですね。

もちっとなんとかしよう。

この記事を書いた人: A-tak

A-tak.com(えいたっく どっとこむ)の管理人。
Apple野郎なおっさんでしたが、ちょっと最近のAppleには飽き気味。
A-tak.comは2002年2月から運営(前身のサイトは1999年3月から)。今年で18年目!

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